消えていく星の流線を

消えていく星の流線を

デフォで重め

斉藤壮馬さんの歌詞で遊んでみた。 vol.2

 

ホイール・ン・ミラーボール

 

 

雨がしとしと、降っている

 

この街には無数のミラーボールがぶら下がっている。
あまりにも散らかったこの色彩の戦争を見た時には、ピカソマティスもびっくりに違いない。
この時期は、水の煙によって多少なりとも彩度が下がるのが目に優しい。

 

身体にまとわりつく水分は重く、自分がジュンサイになったかのようなこの感覚がきらいだった。
だけど今年は嫌ではない。
雨の日だけ聴ける歌。わたしは毎日、それを心待ちにしていた。

 

ハチ公から27、28、29、きっかり30歩。そこで左に曲がる。
さらに32、33、34歩。
いつもと同じ歩数を刻みながら、開演前のカウントダウンに慣れることはなかった。

 

21時の高架下は、向こう側の色彩から分断され、道行く人が不快な足元を休める東屋となる。
ここに灯る色はただふたつ、赤と青だけ。

 

赤い光を網膜に映した者は、ここで足止めを余儀なくされる。ハコに入れぬミュージシャンにとっては、意図せず耳を傾けてもらえる恰好の野外ステージというわけだ。
にも、かかわらず。

 

今日もオーディエンスはわたしひとりである。

 

自分だけがそれを愛でることができる感嘆と、
この街の大人のセンスのなさに対する落胆が、
52:48の比率でせめぎ合う。

 

そこにわたしだけの満を持して、
その人が来た。
やっぱり今日も。

 

 

マイクも名札も出さないまま、よいしょ、とか、よっしゃ、とか呟きながら、いかにも力のなさそうな身体をやっと屈めて、ギター1本を構える。

 

その姿は、雑踏とネオンの街からやたら浮いて見えた。

 

彼は斬り方を忘れた侍だったのではないか、
その手にある棹は、血しぶきを音のシャワーで塗り替えた刀だったのではないか。
ほの暗い都会の底のそこを、鎬(しのぎ)に反射した光でまっぷたつに切り込む。

 

ファッションとして、というより手入れに気を配っていないことから、ボサボサに伸びた髪を後ろでひっつめたヘア・スタイルも、ちょうど髷っぽい。

 

ここに来て初めて、ロック・ン・ロールを聴いたんだ。
少しひねくれた言葉と、まっすぐなメロディーライン。
言葉と言葉の隙間に、フラットとナチュラルが点滅する。

わたしは1曲ごとに手の痛みなんか忘れて拍手をしては、ランドセルを背負い直した。

 

 

「おい、おい、おまえ、ランドセル」
「え」

 

ひとときのミュージック・アワーが終演し、いつものように信号に背を向け山手線の改札に向かおうとすると。
「おまえ、いつもいるやつだよな? 小学生がこんな夜中に毎日毎日なにしてんだか」

 

グサリ。
この人は言葉の刀を収める鞘は持っていないのか。歌はとても好きだが、御用改めである。

 

「おまえ、じゃありません。わたしはランドセルじゃありませんし、それに毎日ここにいるわけではありません」
メロディーに乗った言葉からは想像し得なかった二人称に半ば呆れながら、できる限り眼光鋭くこの雨侍に言い放つ。

 

「お、威勢がいいな。それに賢そうだ。おまえ、どこから来てるんだ? いつも気になって仕方ないんだ」
わたしが精一杯研いだ目線も諸刃の剣だったようである。
そのカラッとした笑顔に言い返す気もなくなって、わたしは素直に答えてみることにした。

 

コンマ3秒の沈黙。

 

「学校がこの近くなんです。いつもこんなに夜遅くに出歩いているわけじゃありません。雨の日だけ」
「雨の日だけ?」
「雨の日は家に誰もいなくなるから。わたしの母は気象関係の仕事をしてるんです。雨の日は必ず仕事。気象塔に登って観察しなきゃいけない、と言ってました。本当は留守番を頼まれているんだけれど……」

 

そこでハッとする。初めて会話するアラサーと思しきおじさんに、わたしはなんてパーソナルなことをべらべら喋っているのだろうか。
知らない人についていってはいけません。
自分のことを話してはいけません。
いけません。いけません。
物心つく前から口酸っぱく教えられている。それはもう、大脳新皮質のヒダに染み込んで取れない、コーヒーのシミのように。

 

ほう、へえ、ギターをギターケースにしまいながら、耳だけこちらに傾ける。
同時並行で物事をこなせない典型的なタイプのようで、相槌をうつ瞬間は手が止まる。もっと早く片付けられないものだろうか。

 

「それじゃ、一緒だ。おれと」
パタン、カチャ。
ようやくギターをしまい終えた侍は、あからさまな歓喜の表情をわたしに向けた。
まるでサッカーに付き合ってくれる友達を見つけた幼稚園児のようだ、と思った。

 

「おれ、雨の日、仕事なくなるんだ。地下で働く人たちの警備するんだけどさ、おれ。雨が降るとその地下の仕事自体がなくなるんだ。おまえの母さんと逆だな。はははは」

 

地下の仕事……よくわからないけど、キケンなカオリがする響きだ。

 

この人も訊いてもいないことを次々に話す。元はと言えば、わたしがわたしのことを勝手に話したのだけれど。
彼からすれば、わたしが差し出したパーソナリティーに対して、彼も同じくそれをお返ししただけのことだったのだろう。バレンタインデーにチョコレートをくれた女の子に、男の子がホワイトデーのお返しをするのと一緒だ。

 

わたしが「わたし」をこの人にプレゼントした理由。
答えはシンプルかつコペルニクス的だった。

 

この人が先に、わたしに「この人」をくれたからだ。
ロック・ン・ロールを媒介して。

 

ぼくらはいつでもひとりなんだね

 

雨が生み出すふたつの「ひとり」。
ひとりとひとりが集まれば、「ふたり」になるのか、「ひとりたち」になるのか。
わたしにはわからなかった。

 

ただここに、いる。
わたしときみが、いる。
雨のカーテンが途絶した、このライブハウスに。

 

カラカラと廻る車のホイールが、うるさい色の光たちを代わるがわる映して過ぎていく。
地には数えきれないミラーボールが落ちて、あっちへこっちへ好き勝手に転がっていくのだった。
 


 

歌がなかったら死んじゃう。おれは。たぶん。──

 

東京の梅雨は長かった。
それゆえ、必然的にライブはほぼ連日開催された。

 

ある時わたしは彼に訊いた。
なんであなたは歌っているの?
あなたの歌のレゾン・デートルが知りたい。

 

師曰く、
「おれは、おれの歌でおれのケツ蹴って、自給自足で生きてんだよ」と。

 

そして付け加える。自らの生死について。

 

きみの、きみによる、きみのための歌。
わたしのためでも、誰のためでもない。自分勝手で利己的な歌。
すごく良いなと思った。

 

ロックとはつまり、自由だ。
彼が自由なんじゃない。音楽が自由なんだ。
だから好きだった。
彼の声とギターは、わたしをがんじがらめに捕える鎖を断ち切ってくれた。

 

そして季節は円環を描く。
落ちる雨のかたちを、日に日に変えながら。

 

 

「あ」

「あ」

 

やがて水のスモークがステージから排気され、街が色を取り戻しはじめた頃。
西口の脇に位置する歩道橋からは、駅を隔ててミラーボールの書き割りが見える。

 

一方、駅のこちら側には、鉄骨とクレーン車のジャングルが幅を利かせてずいぶん久しい。この街は永遠に完成しないのではないかと思う。さながら夢の国。

 

頭上には首都高が直角にクロスし、空を狭めている。
カラフルな夜空を横目に、わたしと侍はそこで向かい合っていた。

 

第一に、記憶していたよりもずっと、ボサボサのハーフアップの髪色が明るいことが気になって仕方なかった。あの薄暗い高架下以外で、この人を見たことがなかったからだ。
ひょろひょろと白ナスのようだと思っていた体格も、意外と線がしっかりしている。

 

わたしはこの落ちぶれミュージシャンのことを、手すりのペンキが剥がれた痕ほども知らなかった。その体が放つロック・ン・ロールが最高だということ以外は。

 

「なんでいるの」
乾いた空気の中でこやつと対面しているあまりの違和感から、思わずこんな疑問が口を突いてしまった。

 

「え!」
相変わらず無駄に健康的な歯を惜しげもなく見せびらかしながら、頓狂な声を上げる。
「ひどいなあ。おれが雨の日にしか殻の外に出られないカタツムリか何かとでもお思いなのかい? そこまでノンビリ生きているつもりはないんだがなあ」

 

確かにそのとおりだ。
しかし、いつもと、というのは例のライブが開催される雨の日と、という意味だが、変わらずギターケースを背負っている。
堪らずそれも訊ねると、「いつ雨が降るかわからないから」だそうだ。

 

体育が苦手な子どものように、いつも雨を待ちわびている。
どこまでも変なやつ。

 

 

よし。やるか。ちょうど仕事も終わったところだし。
そう言って、当然のようにギターケースを開ける。

 

あれ、あの曲やってよ。
ペンギンのやつ。
いつも決まって歌う曲のひとつをリクエストした。
わたしが一番好きな曲。
わたしたちみたいな曲。
 

 

 

雨がしとしと降ってるね、僕はいつでもひとりだね。
わたしもそのギターのカッティングに合わせて、口蓋垂を震わせる。玉川通りの果てまで聴こえるように、思い切り。
そうして、病室の部屋の中から抜け出そう。

 

雨がしとしと降ってるね、君はいつでもひとりだね。
空中の橋に響きわたる、奇妙な親子もどきの歌。
それが条例なんてものの耳に入るのは、まだ少し先の話だった。

 

「すごいなあ。こんな高いとこで歌ったの、初めてだ」

 

雨がしとしと降ってるね、ぼくらいつでもふたりだね。
だから、歌うのさ。

 

月と太陽の狭間で、この歌が終わらないことを願うわたしは今夜、わたしたちになる

 

 

── ホイール・ン・ミラーボール

 

 

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雨がしとしと降ってるね:『ペンギン・サナトリウム

ミラーボール:『夜明けはまだ』

ネオンの街:『光は水のよう』

都会の底のそこ:『夜明けはまだ』

ぼくらいつでもひとりだね:『ペンギン・サナトリウム

雨のかたち:『レミニセンス』

病室の部屋の中:『フィッシュストーリー』

月と太陽の狭間:『スタンドアローン

わたしはわたしたちになる:『sunday morning(catastrophe)』

 

斉藤壮馬さん誕生日おめでとうございます!

 

今回は斉藤さん楽曲の歌詞で二次創作、第2弾です。

公開できてよかった~8888888

 

おじロリ小説でした。

おじロリはいいぞ。『LEON』大好き。

某コンテンツで壮馬さんがシブヤだからシブヤ・ディヴィジョンが舞台ってわけではないです。たまたまです。

 

↓追記↓

このお話ですが、追記しまして無事完成しました。

『ペンギン・サナトリウム』を(勝手に)挿入歌にさせていただきました!ドンドンパフパフ~!

口蓋垂」は壮五くんから得た知識ですねwwwおもろい

 

最後にひとつ。

 

許可なく路上ライブをしてはいけません!!!!!!!

 

 

 

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Twitter@SSSS_myu

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