消えていく星の流線を

デフォで重め

「そまみ」って結局なに? ~アーティスト・斉藤壮馬らしさについて

 

こんにちは!!

今回は声優・斉藤壮馬さんがよく言っている「そまみ」についてです。

 

 

斉藤さんがよく使う「そまみ」という言葉。

斉藤壮馬っぽさ」を指して本人が発信した造語である。

 

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しかし「そまみ」とは何をもってして「そまみ」たるのか?

わたしたちはどういう状態を「そまみがある」と感じるのか?

本人の口から具体的に語られたことはあまりないと記憶している。だがここらでひとつ、「そまみ」の正体を追究してみようではないか。

 

 

12月19日にファーストアルバムの発売も決まった斉藤壮馬さん。なんかこの記事書いてる途中でアルバムが決まった。なんかちょうどよかった。ちなみに今、アルバム&ライブ決定の興奮のなかクソみたいな勢いで書いてる。

 

 

さてこのアルバムをより一層楽しむためにも、アーティストとしての斉藤壮馬における「そまみ」とは結局何なのか?ひも解いていきたい。

 

 

 

 

 

 

まず今回は、声優よりも「アーティスト」としての斉藤壮馬について考えたい、ということを前提とする。

 

アーティスト・斉藤壮馬らしさを多分に反映しているものは言わずもがな、現在までリリースされたシングル3枚の表題曲であると考える。つまり、

 

『フィッシュストーリー』

『夜明けはまだ』

『デート』

 

この3曲に共通点が見つかれば、それを「そまみ」と呼べるに違いない。

(『ヒカリ断つ雨』はタイアップの影響がかなり強いと考え、今回は除外)

 

それを踏まえ、わたしは以上の3曲に共通する要素──「そまみ」の要素を3つ見つけることができた。

以下にその要素をひとつずつ挙げていく。

 

 

 

 

そまみ要素1:夜

 

「夜」は『フィッシュストーリー』『夜明けはまだ』『デート』3曲に共通するテーマ。

 

・七色のを君と渡ろう

 

・全然眠れない そんな夜更けには

ちょっと抜け出して 屋上に咲く声ふたつ

 

・散々 小馬鹿にされた作り話も

なぜか君だけは涙ぐんで聞いてくれる月夜

──フィッシュストーリー

 

真夜中 明日のことは また今度

たったいま 夢中で浮かれて

 

・まわれ まわれ まわってオールナイト

ひと夜 ひと世

 

・ほんとうは芝居打ち

を永遠(とわ)にみせかけた

──夜明けはまだ

 

終電間際高田馬場でぼくらは出会って

 

・もうやっぱデートにしたいこの夜

 

レイトショー観にいきませんか?

──デート

 

 

以上のように、この3曲はすべて「夜」が舞台となっていることがわかる。

 

 

斉藤壮馬さんってやっぱり昼よりは夜行性なイメージがあるよね。

いつかのブログで「好きな時間は午前4時」っていってたし。

午前4時ってそりゃもう夜じゃなくて夜明けじゃねーか、とも思いますが……

ameblo.jp

 

 

 

他にも……

以下の曲も「夜」が舞台となっている。

 

・眠ろう 月と太陽の狭間

 

今夜ぐらいは電話も眠らせて

──スタンドアローン

 

・毒におかされた 溶けてゆくはなんかもう うつくしくて

──レミニセンス

 

・きらびやか ネオンサイン

──C

 

 

こうして見ると、6曲が「夜」を描いた歌詞だとわかる。

カップリングを含めた斉藤壮馬さんの既存曲は9曲。じつに2/3もの曲で「夜」が舞台となっているのだ。

 

スタンドアローン』の「月と太陽の狭間」って表現めっちゃ好き。

twitter.com 

 

 

 

 

そまみ要素2:酒

 

「お酒」は『夜明けはまだ』『デート』の2曲に共通。

 

よっぱらっちゃったな

うそだろ

嘘 ウソよ

またそうやって茶化す ねえどっち

──夜明けはまだ

 

・そんなもんビールハイボール飲んでりゃ

大抵 どうでもいいでしょ?

 

・信号待ちしてなくなって 避けられない停滞

 

・家で飲みなおそっかな またね

──デート

 

 

ご存じですね、

斉藤さんはお酒を飲むのが大好きです!

 

なんたって『デート』のシークレットトラックが『ビール』だからね。あのガヤガヤしたわけわからん曲!ビール飲みながらレコーディングしてたね。

 

よくお酒飲みながら仕事してる印象があるんだけど気のせいかな?気のせいじゃないな?

www.tokyosmart.jp

 

 

ちなみにわたしはカルアミルクが好きです。飲み放題にカルアミルクがあったら6~7杯煽ります。斉藤さんからも前、カルアミルクの話があったね。岡村靖幸さんの曲のほうだけど。

ameblo.jp

 

 

 

他にも……

以下の曲に「酒」が登場する。

 

・束の間の孤独と Smokyなボトル

 

・このまま 今日だけは このまま

傾くグラスに身をまかせ

──スタンドアローン

 

 

 

 

そまみ要素3:嘘

 

「嘘」は『フィッシュストーリー』『夜明けはまだ』に共通のテーマ。

 

・汚い言葉を 綺麗なに変えて

君をまた騙すよ

 

・七色ので君と笑おう

そんな馬鹿みたいな旅にしよう

──フィッシュストーリー

 

また、この曲については「フィッシュストーリー」という言葉自体が「嘘・ほら話」という意味。

 

・くだらない ばかしあい

僕は踊らされていたい

 

・よっぱらっちゃったな

うそだろ

嘘 ウソ

またそうやって茶化す ねえどっち

 

・意味不明 それがいい

もっと欺いてほしい

──夜明けはまだ

 

 

 

他にも……

以下の曲に「嘘」が登場する。

 

・ハウメニーライズ?(How many lies?)

──レミニセンス

 

 

 

 

おまけ1◆夢野幻太郎と『フィッシュストーリー』について 

 

声優ラップバトルコンテンツ『ヒプノシスマイク』において斉藤壮馬さんが演じるキャラクター、夢野幻太郎。

hypnosismic.com

 

 

説得力のある嘘をつくので、気づかれないことが多いが、 相手が信じ込んだところで、「まぁ嘘だけどね」とからかう(公式プロフィールより)。

 

「嘘ですよ」が口癖で、言うことのほとんどが本当なのか嘘なのか、ハッキリしないという役どころだ。

 

夢野幻太郎は、斉藤壮馬さん本人との共通点が非常に多いと感じている。

以前、こんな表を作っていた。

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このとおり斉藤壮馬さんと夢野幻太郎については、少なくとも3つの共通点を見つけることができた。

夢野幻太郎は「そまみ」がかなり強いキャラクターだと言えそうだ(オーディションではなくオファーなんじゃないかな?)。

 

 

 

また、『フィッシュストーリー』は特に夢野幻太郎みが強い歌詞だ。

 

夢野のソロ曲『シナリオライアー』では、彼の半生を知ることができる(もちろん、全て嘘かもしれないという前提を踏まえて)。

youtu.be

 

『シナリオライアー』によると夢野幻太郎は、

入院中の友人に聞かせるために物語を作っている

とされている。

 

では『フィッシュストーリー』はというと、

入院中の友人に聞かせるために物語を作っている」。

 

そう、夢野幻太郎がとった行動とまったく同じなのだ。

これは偶然?

 

いや、一概にそうとは言えない。

 

『フィッシュストーリー』にも「夢野幻太郎」にも、「そまみ」が多分に反映されているからこそ、このような類似点が見つかるのだ。

 

つまりこの2つの「嘘」という共通点は、「そまみ」の重要な要素と言えそうだ。

 

 

 

 

おまけ2◆『夜明けはまだ』と『デート』の類似について

 

シングル表題3曲の歌詞について、

とくに『夜明けはまだ』と『デート』はよく似ている。

 

・よっぱらっちゃったな

──夜明けはまだ

 

・ああ、なんか酔っちゃいそう

──デート

 

・交わった視線がほつれ 絡まって

──夜明けはまだ

 

・視線 からまっても 心は平行線で

──デート

 

・ほんとうは芝居打ち

夜を永遠(とわ)にみせかけた

──夜明けはまだ

 

・このときを閉じ込めて 永遠に仕立てあげたい

──デート

 

 

壮馬さん作詞・作曲の『デート』は……

・『夜明けはまだ』の世界観を踏襲している?

・『夜明けはまだ』の歌詞をサンプリングして入れ込んでる?

という可能性がある。

 

 

 

 

 

以上、今回はアーティスト・斉藤壮馬さんのシングル表題3曲の世界観の共通点を探り、「そまみ」の正体を追究した。その結果、

 

 「そまみ」は

「夜」

「酒」

「嘘」

という3つの要素から成る

 

と予想することができた。

 

これはもちろん既存シングル3枚時点での考察なので、アルバムが出ればさらに要素が増える可能性もある。

 

さて先に発表された1stアルバム『quantum stranger』には、どれくらい「そまみ」が反映されるのだろうか?リリースを楽しみに待ちたいと思います!!

 

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 サムネかわいいキャンペーン!!

  

 

 

 

 

me-msc-u.hatenablog.com

 

 

 

BUMP OF CHICKEN『話がしたいよ』に仕組まれた妙

 

BUMP OF CHICKENの新曲、『話がしたいよ』


BUMP OF CHICKEN「話がしたいよ」

 

先日、彼らが4年ぶり2度目の出演を果たしたMステでも披露され、「やばい」「良曲すぎ」「めっちゃ名曲」との反響を呼んだ(筆者調べ)。

 

この曲は特に歌詞が稀代の素晴らしさではないかと思った。まるで一篇の短編小説を読んでいるような、淡々とした流麗さがあると。
https://www.uta-net.com/movie/257209/

 

『話がしたいよ』という曲には、3つの「妙」が仕組まれていると感じた。

ここではそのポイントごとに考察していく。

 

 

 

 

 

 


① バスを待つ時間だけで完結する物語

 

この曲は最初から最後まで、「主人公がバス停でバスを待っている時間に考えたこと」だけが描かれている。

 

はじめの一節では「バスが来るまでの間の おまけみたいな時間」という状況が説明されているし、最後は

バスが止まりドアが開く」と、主人公がバスに乗ろうとする描写で締めくくられる。

 

曲の最初と最後を「バスを待つ描写」と「バスが到着した描写」でサンドイッチすることで、主人公はこの曲中ずっとバスを待っていた、ということがわかる。

 

『話がしたいよ』は、バスが来るまでのほんの5~6分(もしかしたら1時間くらい待つ地域もあるだろうけど)の時間を、膨らみに膨らませた曲ということだ。

 

 

 

実際の歌詞は次のように進行していく。

  

────────────────────────


主人公はバスを待ちながらガムを噛み始める。

するとふと、君の苦手だった味 だなあと、「君」のことを思い出す。
ガムをきっかけに主人公は「君」の空想を始める。

 

ちなみに主人公は曲の最後で ガムを紙にぺって するまで、ガムを噛んでいる間ずっと「君」のことを考え続ける。
主人公の中で、「ガムの味」と「君」の記憶は密接に結びついているということだ。


主人公はガムを噛みながら、
この瞬間にどんな顔をしていただろう
一体どんな言葉をいくつ見つけただろう
ああ 君がここにいたら ……
と、「君」について考えを広げていく。

 

 

主人公の空想がピークに達するのは、2番
ボイジャーは太陽系外に飛び出した今も
秒速10何キロだっけ ずっと旅を続けている
というところ。
ここでは一旦「君」のことを考えるのはやめて、いきなり宇宙規模の話が始まる。
BUMPは宇宙や星に関する曲が多いので、ここはいかにもBUMP的。

宇宙や星の描写が多いことは藤原基央の作家性と言える。

 

その後、
急に 自分の呼吸の音に 耳澄まして確かめた
体と心のどっちに ここまで連れて来られたんだろう
どっちもくたびれているけど
と自分自身のことについて振り返る。

 

その次の2番サビ
どうやったって戻れないのは一緒だよ

から

今までのなんだかんだとか これからがどうとか
心からどうでもいいんだ そんな事は
いや どうでもってそりゃ言い過ぎかも いや 言い過ぎだけど
そう言ってやりたいんだ 大丈夫 分かっている
まで、再び「君」の話に戻る。

 

そして残った一番最後の1行は
ガムを紙にぺってして バスが止まりドアが開く 

 

「ガムを紙にぺって」したことで、主人公の「君」の空想は終わる。
そしてここまで散々「君」のことを考えて、宇宙まで空想を広げていたにもかかわらず、最後にはバス停まで意識を引き戻される。
この終わり方については後述。

 

─────────────────────

 

 

 

『話がしたいよ』の歌詞の構成をまとめると以下のようになる。

 

バスを待つ主人公

ガムを噛むと同時に空想(おもに君について)スタート

宇宙規模まで空想が広がる

ガムを噛み終わり空想終了、バスに乗る

 

 

風景描写と主人公の空想とを組み合わせて淡々と描かれていくのは、一人の男がバスを待っている、ほんの短い他愛もない時間。

 

「バス停でバスを待つ」時間というものは、きっとほとんどの人が体験したことがあるだろう。
そうやって誰もが想像できる場所を舞台にしたことで、聴く方はバス停の景色をまざまざと思い浮かべることができ、歌詞のストーリーに没入できる。

 

【誰もが経験したことがある場面を用いることで、リスナーが感情移入しやすくする】


これは歌詞を書くうえでのひとつのテクニックだが、恐らく藤原さんはこれを計算してやっている。

 

 

 


② 五感をすべて用いた詞

 

人の記憶と五感は深く結びついていると言われている(特に嗅覚と記憶の結びつきが一番強いという)。

主人公が、ガムの味をスイッチに「君」のことを思い出したのは先述のとおり。
だが実は味覚だけでなく、この曲の中には人の五感を表した歌詞がすべて含まれている。

 

街が立てる生活の音自分の呼吸の音 =聴覚
ガム君の苦手だった味 =味覚
信号機底の抜けた空 =視覚
肌を撫でた今の風 =触覚
夏の終わる匂い =嗅覚


【歌詞に五感を用いることで、シーンをより具体的に、より高精彩に聴き手に伝えることができる】


これも作詞のテクニックのひとつ。

 

 


作詞家・音楽プロデューサーのいしわたり淳治さんによると、Whiteberryの『夏祭り』でもこの手法が使われている。

https://tvtopic.goo.ne.jp/kansai/program/abc/56318/740717/

 

君の髪の香りはじけた =嗅覚
空に消えてった打ち上げ花火浴衣姿がまぶしすぎて =視覚
金魚すくいに夢中になって袖がぬれてる =触覚
君の好きな綿菓子買って =味覚
ざわめきが少し遠く聞こえた =聴覚

http://j-lyric.net/artist/a002952/l000ac9.html

 

 


この2曲の歌詞が何も考えずただ感覚的に書かれたもので、五感にまつわる表現がたまたま揃ってしまった、なんてことはまさかないだろう。
そんなことがあったとしたら本当の天才だ(いや藤原さんは天才かもしれないけど)。

 

だから恐らく、この五感の描写は計算されたものだと思っている。

 

 

 

 

③ ドラマチックすぎない終わり方

 

J-POPの曲は以下のような構成で進んでいくことが多く、もちろんBUMP OF CHICKENの曲も例外ではない。

 

イントロ→(頭サビ)→
〈1番〉Aメロ→Bメロ→サビ→
〈2番〉Aメロ→Bメロ→サビ→
Dメロ→(落ちサビ)→大サビ

 

1曲の中で最も盛り上がるのはふつう、一番最後の大サビの部分。
頭サビや落ちサビは入らない曲も多い。

 


では『話がしたいよ』の構成はというと、以下のようになっている。

 

〈1番〉Aメロ「持て余した手を~」→Bメロ「だめだよ、と~」→サビ「この瞬間にどんな顔を~」→
〈2番〉Aメロ「ボイジャーは~」→Bメロ「体と心のどっちに~」→サビ「どうやったって戻れないのは~」→
Aメロ(アレンジ)「今までのなんだかんだ~ドアが開く

 


見比べてみるとわかるが、
『話がしたいよ』にはDメロと大サビがない。
こういうJ-POPの曲はかなり珍しい。

 

ちなみにAメロで終わる曲はしばしばある(Ex.コブクロ『桜』・Mr.Children『ギフト』など)。
J-POPの曲はだいたいAメロからサビに向かって音量が上がったり楽器が増えたりして、盛り上がっていくことが多い。つまりAメロは曲の中で最も抑えめな部分ということだ。
そんなAメロで終わることで、しんみりと曲を締める効果があるように思う。


『話がしたいよ』では、普通の曲なら一番盛り上がる大サビ(と、そこまで繋ぐDメロ)がカットされている。さらにAメロが最後に再現することで、静かに曲を締めている。

 

 

こういう終わり方にすることで、曲が盛り上がりすぎないようにした。恐らく意図的に。
この曲は「あえて過度なドラマチックさを排除した」のだ。
そろそろ口が酸っぱくなりそうだが、これも聴き手が感情移入しやすくするためだ。

 

 

 

『話がしたいよ』という曲は……

 

①  バス停という誰もが知る場所を舞台にすることで場面を想像しやすくした


②  人の五感すべての描写を入れ、より具体的かつ親近感がわくように場面を伝えた


③  大サビとDメロをカットし、Aメロで終わることであえて盛り上がりを抑えた

 

この3つの要素によって、聴き手は曲のストーリーを生々しいほどリアルに感じられる。

だから多くの人が風景を想像しやすく、感動しやすいというわけです。

 

 

 


【ついでに】個人的なツボ

 

ここからは余談だが、『話がしたいよ』の歌詞で個人的にツボだったところを抜き出してみた。

 

頬を撫でた今の風が 底の抜けた空が あの日と似てるのに

 今なんかちょうど風も気持ちいいし、秋晴れがきれいだから、ぴったりハマるな~

 

ちなみに、同じく大好きな歌詞なんだけど、コブクロの『蕾』の2番サビがこんな感じになっている。

風のない線路道 五月の美空は青く寂しく
動かないちぎれ雲 いつまでも浮かべてた
どこにも もう戻れない
僕のようだと ささやく風に
キラリ舞い落ちてく 涙

 

初めて聴いた小学5年生の時から大好きな歌詞……

青くて美しい空、そこに吹いた風。
さらに、ここにいない相手を思い浮かべている寂しさ。
『話がしたいよ』の先ほどのところと『蕾』のここには同じような感覚を覚える。

 

 

夏の終わる匂い

エモい……………もはや語彙力を放棄するがエモいという表現が一番合う……………
夏の終わりの曲はだいたいとても好き。

 

 

 

 

さて、『話がしたいよ』は誰もが感情移入しやすいように計算された歌詞が、エモさを醸し出していた。

 

11/14発売のシングルにはさらに、『シリウス』と『Spica』という名曲も入ってるらしいよ。
ちなみにわたしはこの中では『Spica』が一番好きだったりする。

 

またまたちなみにだけど、この2曲はこんなギミックが隠されていたりする。

 

シリウス』の終わりの歌詞「ただいま おかえり
『Spica』の終わりの歌詞「いってきます

 

つまりこの2曲は(アニメ『重神機パンドーラ』のOP・EDということもあり)セットになっているんだー!すごい!粋!

そう、これが捨て曲なしシングルだ!みんな買おう!(ダイレクトマーケティング

 

 

 

 

 

 

アイドリッシュセブンにおける「永遠」とは?

 

「12人は光を灯し、永遠への道へ。」

 

2018年夏、『アイドリッシュセブン』はリリース3周年を迎えた。
その特設サイトで打ち出されたのが、この言葉だ。

http://idolish7.com/3rd_anniversary/


このサイトからは、『アイドリッシュセブン』というコンテンツが今後、「永遠」をキーワードに展開されていくことが読み取れる。

 

じゃあその「永遠」ってのは、具体的にどうなることを言っているんだい?
まあそう思うでしょう。わたしも思ったよ。
だってものすごく抽象的でふわっとしてるじゃん。「永遠」なんて言葉は。

 

ということで今回は、アイドリッシュセブンが向かおうとしている「永遠」とはアイドルたちが具体的にどうなることを指すのか、推測する。

 

 

  

 

 

 


ストーリー中の「永遠」

 

アイドリッシュセブンのストーリー中では、「永遠のアイドル」というキーワードが出てくる。
今回の3周年のキャッチコピーは、このストーリーと関連づけたものである。

 

また「終わらないアイドル」という言葉も出てくるが、これと「永遠のアイドル」は使い分けられている。

具体的には

 

・九条天
・九条鷹匡
・姉鷺カオル

 

この3人のセリフなのだが、この3人の「永遠」のとらえ方に微妙な違いがあるということだ。

 

以下、そのセリフ。

 

 

 

天「一時代くらい誰でも名を残せる。難しいのは永遠だ。永遠になるには伝説が必要。ゼロみたいな」(1部11章2話)

 

「永遠になるには伝説が必要」
このセリフがすごい重要。

 

天は「アイドルの永遠=伝説になる」ことだととらえている。

 

 


そして次に「永遠」について語られるのは2部を飛ばして3部。

 

天「姉鷺さん、理想のアイドルってなんだと思いますか?」


姉鷺「決まってるじゃない。終わらないアイドルよ。アイドルは夢なの。夢の終わりなんて誰も見たくない。伝説なんて賞賛よりも、ある日突然姿を消したりしないアイドルの方がいい。日本一のトップスターじゃなくたって、顔に傷があったって、声が出なくたって、終わらせないでくれたらそれでいいのよ。だけどその夢を叶えるのが一番難しい」(3部14章2話)

 

姉鷺は「伝説なんて賞賛よりも~」と言っていて、「永遠になるには伝説が必要」という天の考えを、実は真っ向から否定していることがわかる。

 

姉鷺は「アイドルの永遠=ずっと活動を続けること」だととらえている。

 

そして作中では、


・伝説として語り継がれるアイドル = 永遠のアイドル
・活動を続けるアイドル = 終わらないアイドル


という風に言葉を使い分けている。

 

 


さらに九条鷹匡はというと。

 

九条「ファンを止めることはできないよ。それこそがファンの持つ力だからね。了も八乙女くんも、それが分からないまま世の中の人々をコントロールしようとしている。本当は真逆なのに。大衆が、アイドルを理想のアイドル──終わらないアイドルに近づけるためにコントロールしているんだ」(3部18章4話)

 

九条のセリフにも「終わらないアイドル」と出てきた。九条の「永遠のアイドル観」については、姉鷺的考えに近いと思う。

たとえば、九条はゼロの活動が終わったことを「ゼロに裏切られた」と言って憎んでいる。
これは裏を返せば、「アイドルは何があってもずっと活動するべき」という願望からくるものだ。

 


また、こんな天のセリフもあった。

 

天「隕石が落ちて世界が絶望している時にも、笑って歌うのがボクらの仕事。それを九条さんが教えてくれた」(2部5章2話)

 

九条は「アイドルはどんな時も活動を続けるべき」と考えており、天もそれを正しいとして受け入れた。
だが天は「永遠になるにはアイドル本人が活動し続けるだけではダメで、伝説にならなければ永遠にはなれない」と考えている。そこにおいて、天は九条より一段上だと言える。

 

 

 

よって、かなり簡略化すると次のような図式が見える。

 

姉鷺のアイドル観=九条のアイドル観【永遠とは活動し続けること】
≠天のアイドル観【永遠とは伝説になること】

 

 

 


「伝説」になるには?

 

じゃあ、天くんが言ってた「伝説になる」ってどういうこと?

 

 

伝説は語り継がれる

 

普段から、◯◯くんダンス上手いよね!とか、この前のライブのこの曲めっちゃ感動した~とか、アイドルへの褒め言葉を聞く機会はよくあると思う。

 

そういった他愛ない褒め言葉と「伝説」が異なる点として、
伝説は「語り継がれる」ということだ。

 

多くの人を感動させ社会現象となったアイドルは、活動を辞めても、失踪しても、死んだ後も、「こんなにすごい人がいたんだよ」と語り継がれる。
「百恵ちゃんが好きだった」とか、「光GENJIはすごい人気だったんだよ」とか、親から昔ファンだったアイドルやアーティストの話を聞いたことがある人は多いんじゃないだろうか。

 

まさしくそれが「伝説になる」ということだ。

 

生身の人間である限り、アイドル本人は必ず死んでいなくなる。だが伝説のアイドルは、親から子へ、子から孫へ……と語り継がれていく。

だから綿々と、永遠に、そのアイドルは生き続けることになる。

 

 

 

記憶と永遠

 

「人は二度死ぬ」とはよく言われたものだ。

一度目は命が尽きた時。
二度目は生きている人から忘れ去られた時。

 

これを題材にしたのが、日本では今年3月に公開されたピクサー作品『リメンバー・ミー』だった。

 

舞台は、死んだ人たちが骸骨の姿となって暮らす「死者の国」。
彼らは現世で死ぬと「死者の国」にやってくるが、現世で彼らのことを覚えている人が一人もいなくなると、「死者の国」からも消えていなくなる──つまり「二度死ぬ」のだ。

 

逆に言えば(これは映画劇中では指摘されていなかったが)、
語り継がれていき、誰かの脳に「その人がいた記憶」がある状態が続けば、死者の国では永遠に生きられる、という理屈になる。

 

 

 

アイドリッシュセブンにおける「永遠」も、これと同じことを言っているのではないか。

 

すごい功績を残したアイドルが伝説になる



次の世代へと語り継がれる

誰かしらの記憶に残る

次の世代へと語り継がれる

誰かしらの記憶に残る

次の世代へと語り継がれる…………

 

この円環的構造が生まれ、子世代や孫世代、さらにその下の世代……と、そのアイドルの記憶は延々受け継がれていく。

 

つまり肉体は死んでも、人々の記憶の中で永遠に生きられるというわけだ。

 

【次世代まで語り継がれ、そのアイドルの記憶が受け継がれてていくこと】

これが「永遠のアイドル」になるということだ。

 

 

 

 

 陸の願いとは?

 

一織「私にあなたをコントロールさせてください。私を嫌って、憎んでも構いません。だけど私を疑わないでください。あなたの願いを叶えるために」


陸「オレの願いがわかるんだ?」


一織「当然でしょう」
(3部18章5話)

 

3部で唐突に出てきた「陸の願い」。
わたしはこの「願い」こそ、先に説明した【永遠のアイドルになること】ではないかと思っている。

 

その根拠はIDOLiSH7の曲の歌詞にある。

 

 


以前の記事でも述べたとおり、アイナナの登場楽曲にはキャラたちの人生・背景が反映されている。

 

me-msc-u.hatenablog.com

 

me-msc-u.hatenablog.com

 

 

 

 

そして、「センター次第でそのグループのカラーが決まる」と一織が言っていたことから(1部3章2話)、
アイナナの曲の歌詞はそのままセンターである陸の考えや、人生を反映していると考えてよい。

 

 

Feel to the life!(Yeah!)
Feel to the live!(Go!)
──MONSTER GERATiON

 

「命を感じて ライブを感じて」
「live」はここでは名詞なので、音楽イベントの「ライブ」という意味になる。

 

 

生まれた意味を声に乗せるよ
──MEMORiES MELODiES

 

ここは陸のソロパート。

この歌詞こそ、陸の真意なのでは!?!?
なぜかというと、ここがメロディーも歌詞も、他のところに比べて切実すぎるから。

 


モンジェネの歌詞から、IDOLiSH7は 「歌うことに命を感じている」。
メモメロの歌詞から、陸は 「歌うことが自分の生まれた意味だと思っている」。

 

 


つまり七瀬陸は
「歌で自分の生きた証を残したい」
と考えているのでは?

 

そしてこれは、「伝説として人々の記憶に刻まれる」=「永遠になる」ことともほぼイコールだ。


【七瀬陸の「願い」とは、歌で自分の生きた証を残し、永遠になること】
だと考える。

 

 


陸は幼い頃から病気を持っており、入院生活を送っていた。
病院では幽霊を見ることもよくあったという。
陸にとって、「死」は昔から身近なものだったのだ。

 

だからこそ「生きている証を残したい」「自分のことを覚えていてほしい」という願望は人一倍強いのかもしれない。


「12人は光を灯し、永遠への道へ。」

 

「永遠」はあたかも「12人」の願いであるかのように謳われているが、実はこれを一番強く願っているのは七瀬陸だということだ。

 

 

 

 

虹と流星と永遠と

 

IDOLiSH7はストーリー中で虹・流れ星になぞらえられている。

 

「初めてのステージの上で、7人はのように、のように、きらきらと眩しく輝いていた」(1部2章5話)

 

「七色の光が束になってになるように、オレたちのハートが同じものを目指してひとつになっていく」(1部19章3話)

 

九条鷹匡「i7は今以上に売れるが長くは続かない。流星のように一瞬で燃え尽きる」(3部2章3話)

 

陸「オレたちの歌に誰かの楽しい思い出や、誰かが幸せな物語が繋がってるなら、オレたちが歌うたび、楽しい気持ちや幸せな気持ちをリフレインさせることができる。真っ暗な夜空に、流れ星を降らせるみたいに。オレたちは、にも、にもなれる」(3部15章2話)

 

一織「(陸に対し)流れ星を降らせて、を超えてください」(3部18章5話)

 

 

 

 

わたしたちは、虹や流れ星を永遠に見ていることはできない。
流れ星は一瞬で消えてしまうし、
虹が出てから消えるまで、ふつうは数分~数十分。世界で最も長く持続した虹でも約9時間だったそうだ。

台湾で記録された『8時間58分』の虹 その時、大気中では何が起こっていたのか? | Guinness World Records

 


だから、「虹・流れ星」とイコールで繋がれるIDOLiSH7自身も、物理的にはいつか消えてしまうはずなのだ。

 

 

だが、虹や流れ星を見ることができた人たちは、その美しさを忘れないだろう。
モノそれ自体は一瞬で消えてしまっても、素晴らしいものに出会えた「感動」「記憶」は永く残る。


IDOLiSH7もそんな風に「記憶」に刻まれるグループなのだろう。

そして「感動」「記憶」は語り継がれ、永遠になっていく……というわけだ。

 

 

 

 

余談。
このブログ名「消えていく星の流線を」はジャニーズのほうの自担のソロ曲の歌詞からいただいたものだ。

 

人間は儚い。たった100年足らずでみんな死んでしまうのだから。
アイドルはもっと儚い。彼らがいつステージから消えてしまうかなんて、誰にもわからないのだから。
つい先日も、タッキー&翼が解散を発表した。こんなこと誰が想像できた?

 

彼らが生きていて、芸能界に入って、オーディションに受かって、今ステージに立っている。それは天文学的確率だと思うのだ。

 

そんな儚さが「消えていく星の流線」に似てはいないか。
そう思って、この歌詞を取らせていただいた。

 

 

 

 

 

 

平成最後の夏とかいうエモエモのエモなタイミングで、「永遠」とかいうキング・オブ・エモなテーマを撃ち込んできたアイドリッシュセブン

 

今回の話に則れば、アイドリッシュセブンのアイドルたちはいつか必ず死んでしまうけれど、わたしたちが覚えていることで彼らは「永遠」になれる。

 

だからアイドリッシュセブンのこと、ずっと忘れないでいような。

 

こんなに楽しいゲームがあったってこと。推しがこんなにもかわいくてかっこいいってこと。アイドリッシュセブンが大好きだってこと。

 

忘れないでいような。

 

それこそが彼らを「永遠」にするのだから。

 

 

 

 

 

 

『JOYしたいキモチ』にまつわる個人的なハナシ

 

2018年8月29日、A.B.C-Z結成10周年のその日、シングル『JOYしたいキモチ』が発売された。

 

突然ですが誰得でもないわたしの『JOYしたいキモチ』実録を聞いてくれ。

 

 

 

 

 

その週のわたしは残業パラダイスだった。しかもそれは本当は必要ない残業のはずで、でも下っ端のわたしにはそんなことは口が裂けても言えず、ただただ山積みの仕事をこなす。

 

そんな1週間でした。

 

金曜日の夜。

残業上がりの電車で、ウォークマンに入れた『JOYしたいキモチ』を聴いていた。

 

ジョイポリスLBTツアーでもこの曲は聴いていて大体の雰囲気は知っていたんだけど、その時は「かわいい曲😆」って、ただそれだけのイメージだった。

 

だけどヘロヘロに疲れている時に聴くと、ただかわいいだけの曲じゃないと気づいた。

 

 

 

プレイボタンを押すと真っ先に飛び込んできたのは、

 

今しか出来ないこと 楽しんでこうよ まぁそんなんでOK

 

という歌詞だった。

 

思わず自分に問いかけたよ。

今しか出来ないこと、出来てるか?

 

この仕事は自分で選んだ好きなことだけど、終業は遅くて仕事終わりにコンサートも舞台も行けないし、翌日のことを考えると映画だって厳しい。帰ると疲れて、大好きな漫画を読む時間やアニメを見る時間も取れない。個人的に土日も仕事をしているので、ほぼ休みがない。

 

「今しか出来ないこと 楽しんでる?」

そう聞かれたわたしは、「うん!」と即答できなかった。

 

 

 

さらに聴いていくと、

 

辛いこと 不安なこと もう何も気にしないで

 

とも言ってくれた。

 

恥ずかしながら電車乗りながら顔が歪んだよ。人が少ない時間帯でよかった。

 

つらい。つらい。疲れた。そんなわたしのクソネガティブなキモチを、A.B.C-Zはたった1行の歌詞でふわっと包み込んで受け入れて、払拭してくれた。

 

 

 

それから、

 

昨日あった嫌な出来事だって

笑って話せるから

嫌なこと ひとつや ふたつは 必要なのかな?

 

この歌詞にすごく救われた気がした。

 

理不尽なことも、必要ないような仕事も、全部無駄じゃないんだよって、A.B.C-Zは言ってくれた。

 

まあこの残業が本当に必要だったのかどうかは置いといて、「嫌なことのひとつやふたつ、スパイスとして必要だよ」って、A.B.C-Zは正当化してくれたんだ。この世界の嫌なこと全部を。

 

就活失敗して、そこからやりたいことを模索して、つらくて1週間で辞めた職場もあってやっと合うと思った仕事を見つけたけどそこでも残業・残業・残業。

毎日床で寝落ちて腰がバキバキにやられる。風邪っぽい。疲れた。

だけどそれ全部無駄じゃないよって、A.B.C-Zが全肯定してくれた。

 

だからわたしは生きる。

今日もわたしを生きる。

A.B.C-Zがいるから生きられた。

 

 

 

 

 

日本人は真面目すぎる。

根を詰めすぎる。

そこから漏れることができないわたしも真面目すぎるんだけどな。

 

売上やら目標と言うけれど、それよりも大切なのはそれぞれの人生を生きたいように生きることなのでは?

 

まさに今の日本人に必要なのが『JOYしたいキモチ』精神だと思う。

 

ちょっとくらい適当にやってもいい。

 

「まぁ そんなんでOK」

「ムリしないでOK」

「だいたい Be Alright(なんとかなる)」

 

そのくらいのキモチで生きたほうが絶対にいい。長生きできる。

 

それを忘れかけていた。

力抜いていいんだって気づかされた。だから年甲斐もなく電車で泣きかけた。

 

 

 

A.B.C-Zの担当になって5年半が経った。

結構長い間、A.B.C-Zを見てきたつもりだけど、こんな風に「救われた」と思ったのは初めてだった。

 

『JOYしたいキモチ』という曲にはそれだけのパワーがあると思うし、

A.B.C-Zには人を救う力がある。それを身をもって知った。わたしが証人じゃ。

 

わたしは今日も働いています。

だけどちょっとくらい手を抜きます。

ありがとうA.B.C-Z。これからも少しだけ、わたしを救ってください。

 

どう足掻いてもA.B.C-Zが好きだ。

 

 

 

Mr.Children『君が好き』の歌詞を少しだけ深読みした。

 

昨年のクリスマス、某大型音楽特番でラブソング特集が組まれていた。

街にいた人たちにラブソングにまつわる思い出をインタビューする、という内容だった。

 

そこでわたしは、軽く衝撃的なものを目にした。

 

「毎年クリスマスには、ミスチルの『君が好き』を彼氏とイヤホン片耳ずつ聴いてますね」

というカップルだ。

 

……………はい。

……………はい?

 

『君が好き』……………?

 

めっちゃいい曲ですよね!君が好き!わたしも大好き。だけど、

この曲は一筋縄じゃいかないラブソングだと思う。

 

具体的には「不倫の曲だと思ってる。

 

どこがどうしてそういう曲なのか、テレビに解説垂れたい衝動に駆られ……

そしてカップルの行く末がめちゃめちゃ心配になった(笑)

 

そのカップルがあまりに気になったので(笑)、今回は『君が好き』という曲がいかに不倫の曲かということを読み解いていきます。

なんか前回の記事も不倫の曲について書いた気がするけど別にそういう性癖なわけではない。

 

読んでくれ!!なあ!!M○テのインタビューのカップル!!

 

 

 

 

 

 

『君が好き』のキーワード

 

この曲の歌詞には、陰に陽に不倫を示唆するキーワードがいくつか出てくる。

まずはそのキーワードを拾ってみていく。

 

 

① 「月」

 

『君が好き』の歌詞において、「月」は2回登場する。

それだけでなく、この曲のジャケットイラストにも月が印象的に描かれている。

 

君が好き

君が好き

 

 

 

 

女性のものらしき手が三日月を掴もうとしているこのイラスト。

ここで「月」は中央に配置されており、イラストの主役であることは、誰の目にも明らかだと思う。

これは、『君が好き』という曲のなかで「月」がとても重要な意味をもつことの証拠でもある。

 

 

 

この曲において「月」のモチーフが重要であるとわかったところで、歌詞に出てくる「月」がどのようなことを表すのか考えていく。

 

個人的解釈として、ラブソングの歌詞に「月」が出てきたら、まず「I Love You」と変換してみると、ストンと腑に落ちることが結構ある。

 

夏目漱石が「I Love You」を「月が綺麗ですね」と訳した逸話は有名だ。

じつはこの話は文献に残されているなどというわけではなく、都市伝説に近いものなのだが……

それでもこの話が語り継がれているのは、この美しく奥ゆかしい表現に共感・共鳴した日本人が、ある程度いたからだろう。

 

『君が好き』に出てくる「月」も、「I Love You」の隠喩であると考えてみると意外としっくりくる。

 

 

もしもまだ願いが一つ叶うとしたら…

そんな空想広げ

一日中ぼんやり過ごせば

月も濁る東京の夜だ

 

歌い出しで「月」が登場する。

この曲の中で「僕」が見る「月」は濁っている。

つまり、僕から君に対する「I Love You」の気持ちは、単にキレイなものではなく、濁ったもの。

 

初っぱなからすでに、「僕」と「君」の恋愛はいわゆる不純なものだということが仄めかされている。

 

 

歩道橋の上には 見慣れてしまった

濁った月が浮かんでいて

 

Dメロの部分で「月」が2回目の登場。

ここでも、僕から君への「I Love You」は濁っている。

 

 

 

「僕」は曲中で2回、「月」を見上げるシーンがあるが、そのいずれも月は濁って見えている。

 

「月」が、君への「I Love You」の隠喩であるとすれば、2人の恋愛は

【濁っている関係=不倫関係?】

と想像できる。

 

 

 

② 「夜の淵」

 

サビでは「僕」が君と待ち合わせしている様子が描かれる。

そのとき、時間帯描写として「夜の淵」という表現が用いられている。

 

夜の淵 アパートの脇

くたびれた自販機で二つ 缶コーヒーを買って

 

夜の淵 君を待ち

行き場のない 想いがまた夜空に浮かんで

 

二人は「夜の淵」にしか会えないような関係である。

これはただの夜ではなく、言い換えれば夜の「深淵」、つまり誰も出歩いていないような深夜ということだ。

 

しかも待ち合わせの場所は「アパートの脇」。

この「脇」っていうのもまた、素晴らしいワードチョイスだと思う……。2人が建物の壁面に沿うように、ひっそりと会っている情景がよく浮かぶ。

せっかく、僕または君どちらかのアパートまで来ているのに、部屋ではなくその「脇」……つまり建物の陰に隠れるようにして会わなければならない。

 

「僕」と「君」は深夜、誰にも見つからないアパートの陰でしか会うことができない。

つまりこの2人は、人目のある場所では会えない、人に見られるとマズイ関係だということだ。

 

 

 

③ 「汚れていってしまう僕ら」

 

ここで示したキーワードの中で、不倫関係が読み取れるものとしてこれが最も直接的でわかりやすいのではないかと思う。

 

歩道橋の上には 見慣れてしまった

濁った月が浮かんでいて

汚れていってしまう 僕らにそっと

あぁ 空しく何かを訴えている

 

「僕ら」(=「僕」と「君」)は汚れていってしまう。

 

これはもちろん物理的に、洋服が汚れるとか泥がハネるとか言っているわけではなく、彼らの「精神が」どんどん汚れていく、また彼らが「社会体裁的に見て」いわゆる汚らわしい関係である……ということ。

 

 

 

 

 

 

以上の3つのキーワードから、僕と君が不倫関係にあることがわかったかと思う。

その上で歌詞全体を見ていくと、『君が好き』という曲を、違った面から聴くことができるんじゃないだろうか?

 

 

 

君が好き

作詞・作曲:桜井和寿

 

 

もしもまだ願いが一つ叶うとしたら…

そんな空想広げ

一日中ぼんやり過ごせば

月も濁る東京の夜だ

 

もしもまだ願いが一つ叶うとしたら…

この「願い」とは何だろうか?

(まあ、『君が好き』というタイトルから君関連であることは想像できるが、どうせなら歌詞の前後から考えてみる)

 

この「願い」について、一日中ぼんやりと考えている「僕」。そして、その一日の終わりに見上げる「月」は濁っている。

「月」は「君へのI Love You」を表すので、僕が一日中考えていたのは「君」のことなのだと暗に表されている。

 

しかしこの二人の関係は濁った不倫関係。

つまり、君のことを一日中考えていたから、僕は月が濁って見えてしまう。

月が濁っているのではなく、実は濁っているのは「僕の心」の方ということだ。

 

 

そしてひねり出した答えは

 

君が好き

僕が生きるうえでこれ以上の意味はなくたっていい

 

一日中考えた僕は、「君が好き」だという答えを「ひねり出す」。

ひねり出すの!

なんか思わず急にブルゾンちえみ風になっちゃうけど!ひねり出すの!

君が好き!大好きー!じゃなくて、僕は、悩んで悩んで散々考えた末に「それでも君が好き」だと答えを出す。

なんでそんなに悩んでいるのかという理由が、「君は本当は好きになってはいけない人だから」だ。

 

 

夜の淵 アパートの脇

くたびれた自販機で二つ 缶コーヒーを買って

 

夜の淵 アパートの脇」については前述。

 

2人は、一緒にいる時でも缶コーヒーくらいしか飲めない。

何故かと言うと一緒にカフェにも入れないような関係だからだ。本当はカフェでお茶したり、レストランで普通にご飯を食べたりしたいけど、できない。

 

それは、2人が一緒にいるところを誰かに見られてはいけないから……

 

 

僕の手が君の涙拭えるとしたら

それは素敵だけど

君もまた僕と似たような

誰にも踏み込まれたくない

領域を隠し持っているんだろう

 

誰にも踏み込まれたくない領域

これを、それぞれの「家庭」と考えることができる。

 

君も、僕も、「誰にも踏み込まれたくない領域」=家庭を持っている。

つまりこの関係は W不倫 だということ!

 

 

君が好き

この響きに 潜んでる温い惰性の匂いがしても

繰り返し 繰り返し

煮え切らないメロディーに添って 思いを焦がして

 

君が好き」という響きに「温い惰性」が潜んでるということで、

僕は君に、飽きるほど「君が好き」と言ってきたらしい。

つまり僕と君の付き合いはある程度長いということがわかる。

 

 

歩道橋の上には 見慣れてしまった

濁った月が浮かんでいて

汚れていってしまう 僕らにそっと

あぁ 空しく何かを訴えている

 

前述。

 

 

君が好き

僕が生きるうえでこれ以上の意味はなくたっていい

夜の淵 君を待ち

行き場のない 想いがまた夜空に浮かんで

君が好き 君が好き

煮え切らない メロディーに添って 想いを焦がして

 

 

 

 

 

 

いかがでしたか?

結構ドロドロしてるでしょ?

これでもまだ、クリスマスにカップルで聴く気になれますか?(誰)

 

『君が好き』という、ど真ん中直球ストレートな、潔いとすら言えるタイトル。

しかしこの曲の本質は、きれいな恋愛などではない。

この、タイトルと歌詞との矛盾、ねじれ、ひねくれ。

Mr.Childrenのそういう部分が本当に好きだ。

 

歌詞はちゃんと読もうな!

間違ってもこの曲を結婚式で流しちゃだめだぞ!

 

 

 

 

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MEZZO”『雨』考察

 

梅雨がすぐ終わった……と思ったら今度は一部で大雨が降ったり、東日本では全く降らなかったり、おかしな天気が続きますね。

 

そんな中で今回はこの曲、MEZZO”の 『雨』 を考察します。

 

以前、ディアバタの記事でも書いたけど、現在リリースされているMEZZO“の楽曲のうち、『Dear Butterfly』を除く5曲は恋愛についての歌。

 

個人的なイメージとしてはこんな感じ。

 

 

・miss you... :片想い。高校の同級生設定。

・恋のかけら :夏の甘酸っぱい恋。幼なじみ設定。

・月明りイルミネイト :王道ラブバラード

・甘さひかえめ :付き合いが長いカップル。同棲中。

 

 

そして、『雨』のイメージはというと、ずばり「「不倫」」。

 

この曲のどこが不倫を表しているのか、歌詞とともに解釈を書いていきます。

 

 

 

 

 

雨 / MEZZO

作詞:Shogo

作曲:Shogo早川博隆

 

(環)急に暗い雲が

(壮五)空を覆ってく

 

急に暗い雲が 空を覆ってく

もう出だしから不穏。ここですでに普通の恋の歌じゃないことはわかる。

 

 

(環)天気予報なんて

(壮五)アテにならない 予想なんて出来ないものがある

(環)それは それは 

恋の雨

rain of love…

rain of love…

 

」と「」を掛けて、どちらも予想できず突然やってくるものだね、って言ってる。

つまり、この曲のなかでは 【 恋=雨 】 を指していて、

歌詞に出てくる「雨」は「恋」に置き換えて考えてオッケー。

 

 

この曲の構成はすごい変わってる。

ふつうJ-POPの曲ってAメロかサビから始まって、歌い出しのメロディーはそのあと何回か登場するもの。

 

だけどこの曲の歌い出し「急に暗い雲が〜〜rain of love...」までのメロディーは、この後もう出てこない。

このメロディーはAメロでもサビでもないんだよね。

何メロって言うんだろう、これ。ちょっとこういう構成の曲を初めて聞いたのでわからない。珍しい曲だと思う。

 

 

(壮五)降り出した雨 渇ききってる 心 潤していくよ

(環)突然過ぎた恋のシャワーに為すすべもない

 

ここも「恋」と「雨」を掛けている。

降り出した雨(=恋)」で心が潤っていった……ということは、「君」と出会う前の「僕」は愛情に飢えていた、と考えられる。

 

「僕」は失恋したばかりだった、とか?

 

 

(壮五)何故 あの日あの時あのベンチで 巡り会えたかなんて

(環)運命以外 表す言葉 僕の中にありはしないよ

 

二人は、雨の日のベンチで出会ったようだ。

 

といっても、普通の公園ベンチとかだったらずぶ濡れになっちゃうので、

屋根が付いてて雨宿りできるような、ちょっと小屋みたいになってるところなのかな?

イメージ的には『言の葉の庭』の新宿御苑みたいな。

 

youtu.be

 

 

(壮五)Ah こんなにも近くにいても 遠く感じてしまうから

(環)無謀なんて知ってる 頭では分かってる でも止められない

(壮五)(Can't stop falling love)

 

こんなにも近くにいても 遠く感じてしまう

つまり二人の距離は、物理的には近いのに、心理的には遠い。

それは、「君」は絶対に「僕」のものにはならないと分かっているからでは?

 

次の歌詞も同じ。

無謀なんて知ってる

なぜかというと、君はすでに他の男のもの(=既婚?)だと知っているから。

 

頭では分かってる でも止められない

二人は本能で惹かれ合ってて、理性では分かっているけど止められない。

なんつー歌……罪深ぇ…………

 

 

この土砂降りの雨に傘なんて

余計に恋に溺れてくから

(環)一秒だって構わないって 君に会いたくて

(壮五)全て捨てて駆け出すよ

 

この土砂降りの雨に傘なんて」の後には、

「この土砂降りの雨に傘なんて(差しても無駄。そのくらい土砂降り)」

文脈的にこう続くと思われる。

 

「雨=恋」なので、雨を防ぐ傘は「恋にブレーキをかけるもの」と置き換えることができ、

【傘=理性】 の隠喩だと考えられる。

 

土砂降りの雨に傘を差すと余計に恋に溺れてしまう……

つまり、理性で抑えようとすればするほど余計に、僕の恋心は増してしまう。

 

 

全て捨てて駆け出すよ

これは、

 

・「傘を捨てて君のもとへ走っていく」

・「人生の全てを捨てて君に会いにいく」

 

このダブルミーニングだと思われる。

 

 

もう二度と太陽の光さえ

浴びなくていいと思えるほど

 

恐らく、「二度と太陽の光を浴びない」ということが、してはいけない恋をしてしまった「僕」が受けると予想している罰なんだろう。

 

もう二度と太陽の光さえ浴びなくていい、

陰に隠れてひっそり生きていく覚悟はできている。

 

その罰を受けてもかまわないと思えるほどには、「僕」は「君」を好きになってしまった。

 

 

(壮五)強がりだって分かってたって降り続いてる

(環)雨は止むことを忘れてしまったかのようで

 

「雨」=「恋」。

 

雨は降り止まず、

君への恋も止まることがない。

 

 

(環)心地良ささえ 感じ始めた 雨音に耳を寄せて

(壮五)君の街にも降っていること 願う夕立

 

ここのピアノめちゃくちゃ美しくて最高……

 

君の街にも降っていること 願う夕立

ってすごい素敵な歌詞だよね……

君は僕のものにはならないけど、僕の街にも君の街にも夕立が降って、せめて同じ空で繋がってることを感じられたらなぁ、っていう。

 

 

(環)Ah 独り占めしたい思いが 雨を降らせてしまうなら

(壮五)悪いことと知ってる 罰を受けることさえ 覚悟してる

(環)(Love you forever)

 

わたしが初めてフルで聴いて、「はっ!これ不倫の歌や!」って気づいたのがここ!

一番わかりやすいと思う。

 

独り占めしたい」(なのにできない)ってことは、君は僕ひとりのものではないってこと。

そして君を好きでいることは「悪いことと知ってる」、その上で「罰を受けることさえ 覚悟してる」。

 

誰かを好きになることが悪いことで、罰さえ受けるかもしれないって、

そんなの不倫以外に考えられないではないか……

 

 

(環)気の済むまで 降った雨はやがて乾いて

(壮五)この胸の熱を 上げてはまた降り出す 

街中に

 

たぶんここは、出会ってからだいぶ時間が経ってるように思う。

 

雨=恋なので、「気の済むまで 降った雨」が「乾いて」いるということは、君との恋は一度終わったということ。

だが、雨は「また降り出す」。

一度は乾いた君への気持ちが、また再燃しているのだ。

 

つまりこの二人は一度関係を終えた(「君」の夫にバレたなど、引き裂かれた?可能性もあり)。

でも、やっぱり君への気持ちを断ちきることはできなかった。

 

 

この土砂降りの雨に傘なんて

余計に恋に溺れてくから

一秒だって構わないって 君に会いたくて

全て捨てて駆け出すよ

もう二度と太陽の光さえ

浴びなくていいと思えるほど

強がりだって分かってたって降り続いてる

雨は止むことを忘れてしまったかのようで

 

はいここで大サビ〜〜!

 

Dメロでわかったように、

【僕と君の関係は一度終わったが、僕の気持ちが再燃している】

という状態。

 

そして、君に会いたくてたまらなくて、僕はまた雨の中を走っていく。

 

これを踏まえると、(歌詞は1番のサビと同じにもかかわらず)1番とは全く違って聴こえるはずだ。

 

1番のサビでは環と壮五のソロがそれぞれ挟まるが、大サビではすべてユニゾンで歌っている。

このユニゾンも、より最後の部分をドラマチックにしているだろう。

 

 

 

 

 

以上!

 

妄想7割の『雨』考察でした!

 

そりゃさぁ、昼顔とか流行ったけどさ!!

高校生と二十歳そこそこの男の子にさ、不倫のうた歌わす!?

背徳感がスゴイ。

 

えっちだね(まとめ方が雑)

 

 

 

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ナナライ感想 〜九条天に撃たれて9回腰が抜けた話

 

「平成最後の夏」とかいう、えも言われぬエモエモにエモいワードが飛び交った2018年7月。

アイドリッシュセブン 1st LIVE 『Road To Infinity』は開催され、そして幕を下ろした。

 

あれから1週間。

 

ようやく気持ちが落ち着いてきたので、

アイドリッシュセブン 1st LIVE 『Road To Infinityとは何だったのか」、

言葉にして整理してみようという気になった。

 

 

いやっ……

 

 

いやっ……………!?!?

 

 

全然落ち着けねえ……!!!
今思い出しながら興奮しかねえ………!!
あの興奮の効力1週間も続くの……
すごい強いコバエがホイホイかよ……

 

 

でも、確かにわたしたちオタクは「すごい2日間だった」「奇跡みたいだった」って思ったけど、
本人たちに「奇跡みたいな2日間だった」って言しめたんだから(※羽多野さんのニコ生)、あれは確かに奇跡だったんだよ。

 

4万人と、全国のスクリーンの向こうの何万人と、12人が持ってる
【【【 好 き の気持ち 】】】
が合わさったら、それはもう奇跡だったんだよ。

 

 

 

 

普段、わりとライブ中の記憶はある方なのに、今回はすっごいほとんど記憶がない。
「これ歌ってたな」とか「ウインクしてたな」とかの記憶はあるんだけど、
ぼや〜っとした絵としてしか思い出せない……全体的に記憶の映像が白けてるというか。

 

なので、ちょっと抽象的な話しかできないんですけど。

 

多分、アドレナリン出すぎて脳の記憶回路がパンクしたんだと思うwww

 

 

 

 

1曲目。『MONSTER GENERATiON』。
アイドリッシュセブンの7人が出てきた時、最初に思ったのは、

 

衣装があああああああああああ

 

てっきりTシャツデニムくらいのモード系な感じでライブやるのかなくらいの認識だったので……
衣装が「ちゃんとしたアイドル」だったので、まず嬉しい裏切りだった。

 

本当〜〜〜〜〜〜に
ほんと〜〜〜〜〜〜に、
1曲目から楽しくてしょうがなくて!!

 

自然と、心からの黄色い声が出てたから不思議だ。

 

 

 

 

今まで、(主にジャニーズの)色んなライブに行った。
その中でも、ものすごく楽しくて熱狂した場面や、素晴らしくて手足が震えたことや、感動して泣いたことは何度もあった。
ただ、それはたいてい部分的なものだった。

 

『Road To Infinity』の熱狂や感動は部分的なものではなくて、

大げさじゃなく

全編通してものすごく楽しかった。ものすごく感動した。

 

今まで50弱ほどのライブに行ってきたけど、『Road To Infinity』は間違いなくこの人生で一番熱狂したライブになった。
この先、これを超えられるライブに出会えるのか不安になるくらいだ。

 

こんなに叫んで、「ありがとう!」「かわいい!」「しんどい!」を心から言うことができて、幸せな脱力感を覚えたライブは初めて。

 

 

 

 

わたしは九条天くん(ならびに中の人)推しなので、TRIGGERの出番はしんどみが深くてつらかった(語彙の限界)

 

「壮」「馬」うちわとキンブレ完備で立ってたんだけど、しんどすぎてうちわどころじゃなかったwww

 

あ〜〜〜〜斉藤壮馬さんかっこよかった…………
かわいかったなあ〜〜〜

 

DIAMOND FUSION』で登場のかっこよさ、天上人だった……天くんだけに……
もうシルエットだけでかっこいいがすぎる。
あの時、あのメットライフドームのセンステが世界の中心だった。

 

衣装がああああああああああ(泣)(泣)

 

ほんとしんどい……推し声優が推しキャラの衣装で登場するというエクスタシー……

 

 

 

SECRET NIGHT』の「tricker……」「TRIGGER……」ってところで撃ってくるやん。
モニター見てたんだけどね。
画面から波動が出てるんですわ。
かめはめ波出てた。

 

からしょうがないよね!


わたしは腰を抜かした!


あの衝撃波には抗えない。


シクナイだけで3回腰抜かしたもんな。そして椅子に倒れ込んだ。
「腰が抜ける」って体験を初めてした。あれ、まじで立てなくなるんだね……?

 

もうなんか『Heavenly Visitor』の「会いたかったよ……」が一番立てなくなって
(もはや萌えの基準が足腰)
手も力が抜けちゃって、キンブレが振れなくなって。
「ウッウッ……(;_;)」って言いながらうちわで漏れる声を抑え、呆然としていた。

 

それだけのパワーが、九条天の姿をした斉藤壮馬にはあった。

 

それで恐らく合計9回くらい腰は抜けた。
抜けた腰と引き換えに、わたしはあの瞬間に立ち会えたという、プライスレスの経験値を手に入れた。

 

語彙力ないし、そもそも記憶が白飛びしてるので「なんでそうだったのか」はわからないけど、
「あの瞬間の斉藤壮馬は最高だった」
ただそれだけは確かだ。

 

 

 

にしても、「九条天」に入り込みすぎてたまに我に返って照れちゃう斉藤壮馬さん、めちゃめちゃかわいかった〜〜〜〜
「乾杯したくない?」って自分で言い出しといて、自分だけ早々と水飲んで乾杯忘れちゃうの、かわいかった〜〜〜〜

 

斉藤さんって結構ジャニーズ好きだよね?って思ってて、

「ラブソー好き」って言ってたり、先日のファン感謝祭で「愛されるより愛したいマジで」って言ってたり。

だから、ジャニーズみたいに歌って踊ることには割りと憧れてたんじゃないかな〜〜?

 と勝手に思っとく。

 

 

 

 

わたしが一番ウワァっと感情が高ぶったのは、『RESTART POiNTER』や『DAYBREAK INTERLUDE』や『DIAMOND FUSION』の後ろで流れていたMVを見たとき。

 

youtu.be

 

youtu.be

 

youtu.be

 

このMVたちは、それ自体が「ライブで歌って踊ってる」っていう設定で、オタクの姿が描かれている。
MVの前で声優さんたちが踊っているのを見たとき、

わたしにはこの映像とメットライフドームの光景が重なって見えて……

 

「この会場」にいる「MVの中のオタク」に、わたしたちがなれたような感覚になった。


あの瞬間、わたしたちは微分されて、画面の中に入れた。
2次元と3次元が繋がった。


それだけでもう、じゅうぶん幸せだった。

 

だって「次元を超えること」が、アイドリッシュセブンの願いだったから。

 

 

 

『THE FUNKY UNIVERSE』の歌詞にもあるじゃないか。

僕らはずっと、行けるだろう 次元も超えて

って。

 

『Last Dimension』の歌詞にもあるじゃないか。

次元も超えて挑め

って。

 

これはアプリのリリース時、下岡Pが言っていたことでもある。

女性向けゲーム新時代の先駆け「アイドリッシュセブン」ゲームや次元を超えた新しいアイドルの形へ | アニメ!アニメ!

 

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あの時こうして、2次元と3次元の境界線がなくなったことで、

アイドリッシュセブンというプロジェクトは大成功したんじゃないか、と思った。 

 

 

 

 

 

 


今、何万人というマネージャーがアイナナライブロスに陥ってて、
「7月7日・7月8日に戻りたい」と思っていることだろう。

 

わたしだって戻りたいわ!!!

 

それなのにだよ。
公式は、あの「LIGHT FUTURE」の広告と、3周年サイトを打ってきた。

idolish7.com

 

こんなに、時間が巻き戻ればなあと思っているのに。
こんなに、もう一度あの空間を味わいたいと思っているのに。

 

アイドリッシュセブンは未来しか見せてくれない。
なんて酷なんだろう。
少しくらい、余韻に浸らせてくれたっていいのにねえ。

 

それなのに、あのアイドルたちは前進することをやめない。
(あえて「12人」とは言わないよ!ZOOLもここに入れると思ってる)

 

だから、未来しか見据えていない彼らだからこそ、2nd ライブをやってくれるだろう、っていうことはわかっている。

 

 

 

でも!
でもだよ!

 

わたしたちがこんなに感動したのは、「1st ライブだったから」なんだよ。
一生に一度しかない、アイドリッシュセブンのデビューライブだったから。

 

わたしたちは、「アイドリッシュセブン 1st LIVE 『Road To Infinity』」は二度と戻ってこないと知っている。
あの熱狂的な空間と幸せな気持ちをもう一度味わいたいのに、二度と味わうことはできないとわかっている。

 

だからあの奇跡みたいな2日間を思い出して、幸福感と喪失感が混ざったような気持ちになる。

 

あの2日間はもう、わたしたちの記憶の中にしかないんだ。

もう戻ってこないからこそ、「奇跡」と呼べるんだ。

 

 

 

 

 

 


ところで、わたしの隣の席が2連で空いていた。
西日本の豪雨のせいだろうか。

 

ディレイビューイング開催決定、よかった!
わたしの近所でもあったら行きます!
あの日の記憶を取り戻すために!

 

 


セトリ妄想の記事にも少し感想を書いたけど、やっぱり整理しきれなくてこれを書いた。

 

なんかこの記事を書いて、このライブがどれだけ楽しかったのか改めて認識できた。
これではじめて、わたしの「アイドリッシュセブン 1st LIVE 『Road To Infinity』」が終わった気がする。

 

ああ。

 

ありがとう。
ありがとう!


ありがとう!!

 

終演後、ほんとに無意識に、息を吐くように「ありがとう」という言葉を何回も繰り返していた。
きっと心から「ありがとう」を言えることって、人生で何度もない。

 

そんな体験ができたアイドリッシュセブンのオタクは幸せだ!